
©︎2026「ほどなく、お別れです」製作委員会
「ほどなく、お別れです」
初日から、圧倒的に女性の方が多くお越し頂いております。
有り難うございます。
目黒蓮さんと浜辺美波さんの魅力におうところが多いのでしょうね。
誰にもおとずれる「死」と、そして「葬儀」。
エッセイで誰かが「葬儀はしないことに決めている」と書かれているのが、
ずっと心に残っていますね。
その方は、故人(両親であっても)の墓参りもしないし、墓のそうじもしないと、
はっきり言い切られていますね。
あれぇ?と思いながらも、全面否定もできないですよね。
私個人は、高校時代の親友が時間があれば亡くなった父親の墓参りをしょっ中していたのを知っていただからか、どうか、時間があれば、よく行きます。
行って墓そうじをしなきゃと思いながら、ちょろっとしかしていませんね。
行ったという安心感やノルマのように感じることさえあり、自分のときは、墓とか墓参りの「意味」があるのかなと思います。
よくある、報告ごとやお願いなども、単なる自己満足または、
お義理でしている時がほとんどですからね。
雨だ台風だで、墓参りのそうじじっくりしようと考えながら、実際には、墓まで来たのだから十分じゃないかとも考えます。
誰もがいつか、「ほどなく、お別れです」と言われるのですが、
人間は心は冷たいものなのですね。
突然、墓参りに行って、生花が飾ってあると正直驚きます。
誰か分からない、想像するだけです。
有難いなとはさすがに感じますが。
自分の時は、葬儀も何もかもなくてよいと今は思っていますが、
とか、そんなことも感じさせ、考えさせてくれた映画でもありましたね。
できることなら、葬儀は自分の思っているようにしたいものですね。
親族から反対されるような「希望」を出しても、亡くなった本人には分かりませんものね。
そういうことを深く深く、考えさせてくれる映画でもありました。
誰にもおとずれる死というものに対して、そういう死んだときの希望って、かなえてもらえられるものなのでしょうか。
監督:三木孝浩 2026年/日本映画/2時間04分/シネスコ

©︎2026「ほどなく、お別れです」製作委員会 ©長月天音/小学館





















































































































































































































































